昭和20年の東京大空襲で焼け野原になった芝公園周辺。
そこに残る戦災イチョウの焼け焦げた木肌と、包み込むように大きく成長した姿には考えさせられるものがあります。
この戦災イチョウは、神谷町から港区役所へ向かう途中の芝公園第4号地にあります。
芝公園第4号地はもともと増上寺の方丈であり、5分も歩けば増上寺に行くことができます。 明治に入ってからは北海道大学の前身である開拓使仮学校となり、東京鉄道病院(JR東京総合病院の前身)をへて現在に至るそうです。
関東大震災を機に公園に編成、第二次世界大戦時には防空壕がつくられるなど、様々な地歴のある場所。
平和をかみしめる場所でもあるかもしれません。